Ando Weekly 2021.12.19
新聞等でよく目にする「診療報酬」とは、患者さんが保険証を提示して医師から受ける医療行為に対して、保険制度から支払われる料金を指します。診療報酬は医療の進歩や世の中の経済状況とかけ離れないよう通常2年に一度改定されます。次回改定は2022年4月になります。
2022年度診療報酬改定のスケジュールは下図の通りです。社会保障審議会が策定した「診療報酬改定の基本方針」と、内閣の予算編成過程で決まる改定率を受け、中央社会保険医療協議会(中医協)で個別項目ごとの改定内容を詰めることになります。
社会保障審議会は12月10日、令和4年度診療報酬改定の基本方針を決定しました。
最近の改定において、団塊の世代が全て75歳以上の高齢者となる2025年に向けて医療機能の分化・強化や医療と介護の役割分担と切れ目のない連携、医師等の働き方改革の推進が打ち出されてきましたが、今回の改定では、これまでの流れを継承しながら、新型コロナウイルス感染症への対応や感染拡大により明らかになった課題を踏まえた地域全体での医療機能の分化・強化、連携等の対応が重点項目に加えられました。
令和4年度診療報酬改定に関する基本的な見解(各号意見)も述べられています。
●1号側(支払側)の意見
・令和3年6月の損益差額は、新型コロナウイルス感染症関連の補助金を含めず、令和2年6月と比べて概ね改善し、一般診療所の損益差額は令和元年6月を上回った。
・医療機能の分化・強化と連携を推進する必要性が改めて浮き彫りになった。入院では、急性期病床における医療資源の集約と、急性期から回復期、慢性期まで目に見えるかたちでの円滑な連携、外来では、幅広い疾患に対応できるかかりつけ医を起点とした安心で安全な医療の確保や、患者のニーズと技術進歩を踏まえたオンライン診療の推進等が最大の課題である。
●2号側(診療側)の意見
・国民の安全を守るためには、地域の医療と医療従事者を支える適切な財源が必要であり、令和4年度の診療報酬改定ではプラス改定しかあり得ない。
・医療機関等の経営はコロナ補助金がなければ著しく赤字の状態で再生産は不可能。
・急な新興感染症等の流行などの有事の際にも即座に対応できるよう、平時の医療提供体制の余力が必要であり、そのためには盤石な医療機関経営が求められる。
・医療従事者の評価の充実は、雇用の拡大、地方創生、さらには経済成長につながり、医療従事者の賃金の上昇を通じて、経済の好循環を生み出していく。医療機関等がそれぞれの状況に応じて幅広く、かつ恒久的な賃上げを行うことができるだけの原資を確保するために、令和4年度の診療報酬改定で十分な手当てがされなければならない。
・医師等の働き方改革が確実に実行できるよう、改めて、診療報酬による適切な対応を要請する。
・ICT活用等、医療の高度化に係るインフラの整備等は政府の成長戦略として別建ての財源を充て、イノベーションを促進すべきである。
・薬価改定財源は診療報酬に充当すべきである。
●公益委員案
・診療報酬改定は、基本方針に沿って、診療報酬本体、薬価及び特定保険医療材料価格の改定を一体的に実施することにより、国民・患者が望む安心・安全で質の高い医療を受けられるよう、医療費の適切な配分を行うものである。令和4年度予算編成に当たって、診療報酬改定に係る改定率の設定に関し適切な対応を求める。
・新型コロナウイルス感染症への対応をはじめ、医療機能の分化・強化・連携、保健・医療・福祉の更なる連携、医療従事者の働き方改革や処遇改善、地域・職域等における予防・健康づくりの取組、費用対効果、新しい医療技術など、我が国の医療に関する様々な課題を解決するため、診療報酬のみならず、補助金、税制、制度改革など、幅広い施策を組み合わせて講じていくことが重要である。
・医療が高度化し、制度が複雑化する中でも、できるだけ仕組みを分かりやすくし、患者の主体的な選択を可能とする医療の質を含めた情報提供を行うなど、国民の理解を一層深める工夫についても配慮が行われるよう望む。
今月24日の2022年度予算案決定を睨みつつ、22日の厚生労働相と財務相との大臣折衝で改定率が決まる予定です。財務省は看護師等の処遇改善と不妊治療の保険適用による「プラス0.5%」を織り込んだ上で「マイナス改定」にすべきとしていますが、先週と先々週に述べた通り、財務省が前提とする医療費(医療機関の収入)と医療経済実態調査の考え方には矛盾点が多くあります。私は、公益委員案にもあるように、国民・患者が望む安心・安全で質の高い医療の提供を根本に置くべきだと考えています。公正な改定率の議論がなされることを切望しております。
財政制度等審議会とは、国の財政にかかわる重要な事項について調査・審議することを目的とする、財務省の諮問機関です。財政制度、国家公務員共済組合、財政投融資、たばこ事業等、国有財産の5つの分科会があります。
先週に続いて、財政制度等審議会・財政制度分科会が11月8日に発表した見解について考えてみたいと思います。
厚労省では、医療経済等の実態を明らかにすることを目的に「医療経済実態調査」を実施しており、診療報酬改定の基礎資料とされます。当該調査に対して財務省は、「サンプル数の少なさに加え、サンプルが調査の度に入れ替わり経年的な把握が困難」として抜本的な見直しを求めました。
こうしたなか、11月24日の中央社会保険医療協議会において「第23回医療経済実態調査」が公表されました。
(一般企業全体 報告書p16)
|
2019年度 |
2020年度 |
2020年度 (含む補助金) |
損益差額 |
▲104百万円 |
▲225百万円 |
13百万円 |
同率 |
▲3.1% |
▲6.9% |
0.4% |
この医療経済実態調査が、本当に財務省が指摘するように信用に足らないものなのか、他の機関が行った調査と比較してみたいと思います。
まず、福祉医療機構(WAM)の調査レポートを見ると、一般病院(コロナ患者受入れ)の医業利益率は、2019年度の1.2%から2020年度には▲2.0%へと▲3.2ポイント低下、補助金を含むベースで0.7%と若干の黒字となっています。
財政制度等審議会とは、国の財政にかかわる重要な事項について調査・審議することを目的とする、財務省の諮問機関です。財政制度、国家公務員共済組合、財政投融資、たばこ事業等、国有財産の5つの分科会があります。
財政制度等審議会・財政制度分科会は11月8日、社会保障について議論しました。その中で下図を示し、医療機関はマクロとして令和2年度に概算医療費の対前年度減少を補う以上の補助金収入を享受しており、令和3年度については、足元の実績から推計した医療費の見込みに、前年度繰り越し分も含め予算措置されている補助金収入を足した計数は47兆円と見込まれ、医療機関の経営実態は近年になく好調であることが窺える」「診療報酬(本体)のマイナス改定を続けることなくして医療費の適正化は到底図れない」との見解を述べました。
これに対しては、医療関係者から、「補助金がなければ赤字の状態である。診療報酬で経営が成り立つようにしなくてはならず、そのためにもプラス改定は必須である」(日本医師会)との反論がなされています。
コロナ関係補助金はあくまで「新型コロナウイルス」のための資金と考えるべきですので、それを除いた「通常医療」の医療費の動きを考察してみます。
まず、2019年から2020年にかけての減少要因を見てみます。厚生労働省が発表している「医療費の動向」により、医療費を受診日数×単価に分解したのが下図ですが、入院、外来とも、医療費減少の要因は受診延日数の減少であり、一方で1日当たり医療費は前年比増加しています。
受診延日数 (億日) |
1日当たり医療費 (円) |
医療費 (兆円) |
||
入院 |
2019年度 |
4.7 |
37,890 |
17.6 |
2020年度 |
4.4 |
38,876 |
17.0 |
|
増減率 |
▲5.8% |
+2.6% |
▲3.4% |
|
外来 |
2019年度 |
16.1 |
9,206 |
14.9 |
2020年度 |
14.5 |
9,799 |
14.2 |
|
増減率 |
▲10.1% |
+6.4% |
▲4.4% |
この数字だけで断定はできませんが、コロナ禍において、症状が軽い患者で受診控えが起き、症状が重いケースに受診が偏ったために1日当たり医療費が増加したと考えられます。健診や内視鏡検査等を先延ばしにする動きも顕著でした。
2020年度の医療現場を振り返ってみても、何度も押し寄せるコロナ感染症の波の中で、各医療機関は予定入院や予定手術を延期せざるを得ないという状況がありました。
次に、2021年の医療費は、たしかに財務省の推計では2020年の42.2兆円から44.7兆円へと急回復しているように見えます。ただ、これは、上記のように2020年に延期されたものが反動で戻っているだけであり、2020年と2021年を均してみれば年間医療費は43.45兆円となり、2019年からほぼ横ばいで推移していることが分かります。
中央社会保険医療協議会、いわゆる中医協で2022年度診療報酬改定の議論が終盤を迎えつつあります。財務省からの見解は診療報酬の改定率の決定に影響を与えるものですが、コロナ感染症の診療に使われる「補助金」と通常医療に係る「医療費」を混同しているうえ、医療費に関しても2019年から2021年にかけての増減要因を必ずしも正確に捉えていないようです。引き続き、医療現場と医療政策をつなぐ要として、診療報酬改定を巡る動きに注視していきたいと思います。